会報誌たくみ

 

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建物の声を心で聞く。
曳家職人三代目。そして四代目の長男へ

有限会社 金田工業所 取締役社長 
金田勝良氏(須坂市春木町)

プロフィール/昭和20年7月28日、須坂市生まれ、69歳。社員5人。ご家族は夫人と2人暮らし。

 

三代目として曳家(ひきや)の伝統を受け継ぎ、技術の高みを追いかけてきた。「一つとして同じ建物はない。自分で考え抜いて、納得いくようにやるのが曳家の心意気」ときっぱり。須坂市や上田市の繭蔵、松代の武家屋敷など文化財を含む歴史的建造物の曳家工事も数多く手がけ、北陸建築文化賞(2003 年・日本建築学会北陸支部)、伝統的文化賞(2009 年・日本建築士会連合会)といった華々しい賞に輝いたものもある。


「曳家は先を読む力と気が利くことが大切。長男や若い職人の
成長が楽しみです。現場で技と心を伝えていきたい」

 

小さなころから「お前は家業を継ぐんだよ」と言われ続けて育った。しかし、大学で建築を学んだ後は、都内の建設会社に就職。「(故郷に)帰るつもりは毛頭なかった」と笑いながら当時を思い出す。その後、神奈川県内の建設会社に転職、「偶然というのか、そこは曳家もやる会社だったんです」。「わりと大きな会社だったが、学生のころ帰省するたびに家業を手伝っていたせいか、生意気にも家(うち)のやり方のほうがレベルは高いなと感じていた」と言う。そんな思いも抱きながら働いていたところ、父が病を患い、運命に導かれるように帰郷、自然の流れで家業を切り回すようになった。

 

まだ子どものころ、初代の祖父が曳家職人として強烈な矜持を見せた出来事が、今も忘れられない。大きな地震があった後、工事の途中で井桁に組んだ枕木に建物を乗せた状態の現場の責任者が、現場を見ないうちに祖父のもとへ駆け込んできた。「きっと、もうだめだ(建物は倒れてしまっている)」と号泣していた。祖父は彼に、「うろたえるな。自分の仕事(技術)に自信を持て。ひとまず現場を確認して来い」と一喝。結局、その現場は何ともなく、工事は滞りなく終わった。誇り高い職人魂を目の当たりにした瞬間だった。

 

そんな祖父や父から受け継いだこだわりを自分なりに磨き上げてきた。「材木のきしみなど、建物は音を立てるんです。それは建物の気持ちとも言えるもの。建物の声を心で聞きながら、段取りして作業を進めます」と独特の言葉で曳家の真髄を語る。

 

左から勝良さん、父で二代目の確二さん、
長男で四代目の晃典さん、次男の敏弥さん。

 

最近、四代目の43 歳の長男と「やり方などで衝突することが多いんです」と笑う。父に対して、自分なりのこだわりを譲れないのは「確かな成長の証」と目を細める。自身もかつて、まったく同じ経験をした。「ぶつかっても、その後の父からの言葉(アドバイス)に、ずいぶん助けられた。同じことを息子にしてやれれば」と穏やかな笑顔を見せた。(関卓実)

 

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