会報誌たくみ

 

定例研修会報告 令和2年度

 

令和2年度 第6回研修会

千曲市「松田家」主屋の再建現場見学会

開催日/令和3年5月22日(土)
講師/西澤嘉雄氏(株式会社 N建築設計事務所)

令和2年度第6回研修会は、千曲市八幡の「松田家」主屋再建工事を見学した。

 

この建物は平成29(2017)年9月に失火のため焼失した建物で、武水別神社の神主の屋敷。同時に消失した斎館(さいかん)は火災の翌年、平成30年に再建されている。

 

今回、再建される主屋は平成16年に県宝に指定され、斎館はその10年後、平成26年に県宝の指定を受けていた。2棟とも消失により県宝の指定が外れた。斎館は国の選択無形民俗文化財「大頭祭」などの行事に使用され、市の指定文化財であり、歴史的風致形成建造物にも指定されていることなどから、市が工事費の一部を負担して先に再建された。松田家から市に寄贈され、市の管理となっていた主屋の再建がようやく今回、市によって進められた。

 

主屋の再建工事は一昨年12月に着工し、昨年12月の完成予定で工事が進められた。研修会は5月31日に開催された上棟式を控え、建て方がほぼ終わった5月22日に行われた。設計を担当した西澤嘉雄氏が、文化財の建物を復元する際の苦労などを解説された。

 

西澤氏によると、作業は現在の建築基準法に従いながら復元を進めるもので、「忠実な復元にはならない。何を選択するか、常にジレンマとの戦いだった」と言う。公共施設であるため、ふんだんに予算を投じることができないという課題も指摘された。

 

構造材として、桁にはあえて曲がりのある長尺材を使い、一方、柱などはプレカットの角材を使用している。「伝統的な構法と現在の構法とを組み合わせることで、メリットのある方を採用した」と語った。

 

主屋は元々茅葺だったものを、再び火災を起こさないために、再建後は鋼板葺きにするとのこと。また、小屋裏は部屋を確保できるほどの広さと高さがあり、火災時に、この空間が煙道の役割をして棟続きの斎館も燃えたという。今回の再建では、その反省を生かして「主屋は斎館とは別棟であるものの、桁行12mごとに準耐火の隔壁を設けた。二度と火災による不幸を起こさないため」と話された。


主屋は再建後、武水別神社や松田館に保存されている資料などを展示する博物館施設として活用される。

 

令和2年度 第5回研修会

戸隠神社中社界隈 見学会

開催日/令和3年4月24日(土)
講師/塚原秀之氏(長野市教育委員会文化財課 主査)

戸隠信仰と共に築いた まち並み・建築を訪ねて

 

長野市戸隠伝統建造物群保存地区の状況を視察するため、戸隠を訪れた。初めに徳善院蕎麦 極意にて昼食をいただき、建物の見学を行った。

その後、講師である長野市教育委員会文化財課主査の塚原秀之氏より、戸隠の伝統建築物保存への取り組みについて伺った。

戸隠には茅葺の屋根が特徴の伝統建築物があり、社家や在家など生活する人の役職に応じた屋敷の構えに特徴が見られる。

こうした伝統的建造物に加え、環境物件などが複合的に絡みあうことで戸隠全体の景観を作り出していることが分かった。

また⼾隠中社・宝光社地区まちづくり協議会を設置し、住民と行政が戸隠の未来について目標を共有し、協働を図りながらまちづくりを進めているとの話も伺った。

 

その後、塚原氏の案内で、実際に戸隠のまちを散策しながら茅葺屋根などのまち並みを見学し、保存の難しさなどの話を伺った。

茅葺屋根から金属板葺などに変化していく建物が増えていく中、長野市では修繕に補助金などを設けることでまち並みの維持をしている。

価値のある景観を維持していく中での市の取り組みや住民の意識を知る研修会となった。

 

令和2年度 第4回研修会

リレートーク「デザインに求められるもの」

開催日/令和3年3月24日(水)
プレゼンター/小宮山 吉氏(株式会社 倉橋建築計画事務所 代表取締役 所長)

令和2年度第4回研修会は、リレートークに倉橋建築計画事務所(松本市)の代表取締役 所長の小宮山吉登氏を招き、「建築デザインに求められるもの」をテーマに語っていただいた。

 

小宮山氏は、宿泊施設等のデザインやリニューアルの設計について、リニューアルの場合は「歴史背景に新しい価値を加えて蘇らせることを考えている」と言う。それを「再生ではなく蘇生」と表現し、「建物と利用する人が一体になることができる空間にしなければならない」と強調された。

建築デザインに求められるものは「事業デザインとライフデザイン」だと小宮山氏。事業はエコ・省エネ、多様な宿泊形態など。ライフは「映える」、ウィズコロナなどを挙げ、「物語」「心理・振る舞い」「気配りのしやすさ」の3つをデザインすることが重要だと言う。

 

さらに「事業者と設計者、施工者が手をつなぐことが大切」だとして、「(設計者や施工者は)事業者とは違った視点で感じ、物事を見ることが必要」とも説明された。

 

倉橋建築計画事務所は、旅館・ホテル、医療・介護施設などの設計を中心に、公共民間を問わず多くの建築物を手掛けている。小宮山氏は「弊社のマークは砂時計をモチーフにした形。砂時計は、返せば何回も時を刻む」とし、「建築も、設計者・施工者が適切に手を加えればリニューアルし、末永く時を刻んでいく」との基本方針も紹介された。

 

研修会は、新型コロナウイルスの影響で長らく中断していたため、ほぼ半年ぶりの開催となり、約20人が参加した。

 

令和2年度 第3回研修会

小林古径記念美術館見学会

開催日/令和2年11月14日(土)
師/松橋寿明氏(株式会社 宮本忠長建築設計事務所 設計長)

本年度3回目の研修会は、小林古径美術館の見学会を行った。初めに画室にて(株)宮本忠長建築設計事務所 設計長の松橋寿明氏より計画の概要を伺った。

 

本計画は、東京都大森にあった小林古径邸(設計:吉田五十八)の移築(2001年)から始まった。東京の建物を多雪地域に移すという難題を乗り越えて、古径の故郷である新潟県上越市へと移築された。移築当時、復原事業の一環として雪国の町並みに見られる「雁木」をモチーフとした管理施設を付帯して計画。今回の美術館整備にあたっては「長廊」を延長して計画し、美術館を利用するだけでなく公園利用者も気軽に通り抜けることができる場として、人々のつながりや、地域の文化・歴史を身近に意識できることを目指したと伺った。

 

計画の説明の後、松橋氏の案内で元画室、小林古径邸、美術館、庭園を見学し、長い年月を通して設計されてきた空間を学んだ。

 

最後に、博物館屋上より美術館を見下ろすことで、公園全体と美術館の関係性を感じることができ、非常に充実した見学会となった。

 

令和2年度 第2回研修会

ブランド薬師「八櫛神社と十三仏」見学

開催日/令和2年9月26日
師/土本俊和氏(信州名匠会会長)

/// 相原文哉先生(信州名匠会顧問)

テコの原理により建物全体の荷重で支える「懸造」

 

9月26日、今年度第2回目の研修会を長野市で開いた。

土本俊和会長とともに研究を進める信州大学の大学院生や、同会顧問の相原文哉先生が講師を務め、「ブランド薬師と十三仏」をテーマに崖の上に建つ八櫛神社やその道中に並ぶ13体の仏像の歴史などを見学した。

 

ブランド薬師(八櫛神社)は、古来より山岳信仰の霊場とされた長野市浅川の薬山山頂直下にある凝灰岩でできた断崖絶壁に、特殊な「懸造」の構造で建てられた木造・入母屋造り・銅板葺きの社殿。社を支える柱がなく、岩盤の絶壁から突き出した3本の水平材(方持ち梁)の上に載せ、テコの原理により建物全体の荷重で支えている。

 

807年に創建したとされるが、1847年の善光寺地震により崩落し1861年に再建。

1961年に行われた大改修工事の末、現在の社殿が再建された。2018年に市指定有形文化財となった。

 

ブランド薬師を建築の視点で研究する信州大学大学院の柳内斉彬氏は、社の構造や度重なる修復工事の痕跡から見えてくる当時の建築技法について参加者に説明。

「懸造建築の遺構は全国で有名な例が存在するが、他に類似例がない八櫛神社は非常に価値がある」と話した。

 

相原先生は、地元自治会と発行したブランド薬師と十三仏に関する冊子を資料に、1861年の社殿再建に合わせて新しくつくられた十三仏の由来などについて参加者と巡りながら解説した。

 

この日の研修会は、八櫛神社保存会の宮澤重徳会長をはじめ、地元浅川地区住民自治協議会の協力を得て実現。

保存会の活動を広くPRしようと、地元ケーブルテレビなども見学会の様子を取材に訪れた。

 

 

 

令和2年度 第1回研修会

塩田平 レイラインがつなぐ「太陽と大地の聖地」見学会

開催日/令和2年7月18日
師/相原文哉先生(信州名匠会顧問)

レイラインは地域の発展や豊作を祈る場

7月18日、今年度初の研修会を上田市で開催した。テーマは「日本遺産・塩田平レイラインをたどる『太陽と大地の聖地』」。レイラインについて独自に研究する同会顧問の相原文哉先生を案内役に、生島足島神社や前山寺をはじめとする寺社や周辺に点在する文化財を見学した。

 

塩田平レイラインは、夏至の日の出と冬至の日没を直線で結んだもので、東の烏帽子岳と西の大明神岳の山頂を結んだ直線上に、寺社や文化財が観測点の役割として並んでいるとされ、今年7月に文化庁から日本遺産に認定された。

 

生島足島神社は、西の大鳥居に真っすぐ延びる参道の上を冬至の日が沈み、その延長線上には泥宮、皇子塚古墳、野倉の道祖神が点在。「古来、レイラインを意識した建設がされてきたことを裏づけている」と相原先生は話す。また、生島足島神社と烏帽子岳を直線で結んだ先にある泥宮では、本殿と拝殿の向きに注目。「生島足島神社と泥宮は向き合っている」とし、その歴史的背景を記した資料を説明したほか、「古代においてレイラインが地域発展や収穫物の豊作を祈る場で、暦となる場所でもあった」とした。

 

この日は参加者全員にインカムを配布し、相原先生がマイクを通して話す解説を、参加者同士の距離を保ちながら個別に聞き取ることができるよう工夫するなど、新型コロナウイルス対策を徹底して行われた。

 

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